秋ですね。暑からず寒からず、まち歩きには最高のシーズンの到来です。
どこかに行きたい…、そうぼんやりと思いながらもアグレッシブに旅行計画を立てる気力もなく、だらだらとアプリのイラストマップを眺めていたところ…
優しいほほえみのえべっさんと目が合いました。
そうか…、秋服もほしいけれど、今の私に必要なのはこっちの「福」かもしれない…。
そう思い立って出掛けてきました。題して「阪神西宮で福にあやかる旅」。
阪神西宮ってこんなとこ
「西宮」と聞いて個人的に思い浮かぶのは、年始に西宮神社で行われる福男選び。「かいもーん!」の掛け声と共に一斉に福を求めて全力疾走する男たちの姿を見ていると、何やら底知れぬエネルギーをこの土地に感じずにはいられません。
そんなえべっさんのお膝元であると同時に、日本酒の街としても有名な西宮。阪神電鉄の南側には今も12の酒蔵が密集しています。こんこんと湧き続けるミネラル分豊富な「宮水」と酒米のエース「山田錦」を原料に使い、酒造りに最適な風土で醸される日本酒は“キレのある男酒”とのこと。これはぜひ、試してみなくては!
魅惑のフランス菓子「ボルドー」
昼過ぎにJR西宮駅に降り立ち、駅で勧められた「白鹿記念酒造博物館」を目指して歩いていくと、何やらひっきりなしにお客さんの出入りするお店を発見。
思わず店内に入ると、目にも鮮やかな洋菓子がショーウィンドウの中に美しく並んでいます。
TBSのバラエティ番組「ぴったんこカン・カン」でも俳優の鈴木亮平(西郷どん、西宮市出身)さんが紹介していたこちら「ボルドー」は、素材の味を生かしたケーキや焼菓子がリーズナブルなお値段で購入できる西宮市民御用達のお店。中でも数量限定のどっしりシュークリームは、夕方には完売してしまうほどの大人気商品とのこと。食べたい方はぜひ早い時間に足を運んでみてください。
西宮の歴史を今に伝える「白鹿記念酒造博物館」
店を後にし、再び酒蔵通り方面へ。目的の博物館までは徒歩約20分。バスも運行していますが、せっかくのまち歩きなので、ぶらぶら歩いて行くことにしました。
ちょっと休みたいかも、と思い始めた頃に立派な門構えの「酒蔵館」を発見。
日本酒「白鹿」の醸造元・辰馬本家酒造が設立したこの「白鹿記念酒造博物館」は「記念館」と「酒蔵館」の2つの施設があり、伝統的な酒造りを今に伝える貴重な美術工芸品が展示されています。昔の道具や酒造りの行程を紹介した「酒蔵館」に入ると、まるで当時にタイムスリップしたかのような気分になります。
「以前は記念館の並びにレンガ造りの酒蔵館があり、文楽やコンサートを行う文化の発信地として賑わっていたのですが、平成7年の阪神大震災で倒壊してしまいました。この酒蔵館はその後を引き継ぐかたちで開設され“明治の酒蔵が帰ってきた”というテーマで酒造りの奥深さを伝える一方で、後世に震災を伝える重要な役割も担っています。」
そう話してくれたのは博物館の副館長さん。館内にはその名の通り「震災の記憶」と名付けられたコーナーがあり、壊れた酒造道具やレンガが展示されています。今は街路樹が美しく平和そのものに見えるこの街も、震災で甚大な被害を受けた土地であったことを思い出して、はっとしました。
「私たちは日本酒と一緒に、この街の風土も発信していきたいと思っています。実際に西宮を訪れて、この風土の中で日本酒を味わってほしい。そうすることで、より一層西宮の酒の味わいを深く感じられると思います」
不思議なお酒「灘の生一本」
続いて酒蔵館のとなりにある「白鹿クラシックス」へ。蔵元直営ならではの商品ラインナップが人気の店内に入ると、何やら不思議な商品がずらり。
よく見るとラベルには「白鹿」のほかに「大関」「日本盛」など、さまざまな酒造メーカーの名前が入っています。
「これはね、灘の各酒造メーカーが統一ブランドで造っている純米酒なんですよ。ここに“灘酒研究会”と書いてあるでしょう。これは各メーカーの技術者が企業を越えて共同で日本酒の研究をしている集団で、彼らの審査を通らないと灘の生一本としては売り出せないんですよ」
あまりにじろじろと商品を眺めていたせいか、店内にいた男性が親切に教えてくれました。
「どの酒も、燗でも冷でも美味しく飲めますよ。10月からはとなりのレストランで10銘柄の飲み比べが始まり、ほかのメーカーの酒も楽しめるそうです。これはなかなかおもしろい取り組みだと思いますよ。」※1
何やら西宮の内情に詳しそうなこの紳士、聞けば西宮観光協会の偉い方だそう。渡りに船とばかりにおすすめスポットを伺ってみました。
「阪神西宮駅からスタートするのであれば、まずは白鷹、続いてここ白鹿、それから日本盛に大関と、4つのアンテナショップをまわるのがいいんじゃないかな。あとはこの街のランドマークといえば西宮神社、時間があれば今津灯台まで足を伸ばしてみるのもいいかもしれません。今津灯台は日本最古の木造燈籠型で、今も現役で使われています。」
そうなんですね…。そんなに色々あるんだったら、もっと早起きして来るべきでした。レストランも秋の新メニューに変わるみたいだし、10月にもう1回来ようかな。
「ぜひ来たらいいですよ。10月6日、7日に「西宮酒ぐらルネサンスと食フェア」というイベントがあって、西宮神社の境内で利き酒ができます。地元の飲食店も出ますし、アンテナショップをめぐる回遊バスも運行します」
紳士いわく、この“酒ぐらルネサンス”も阪神大震災の翌年に復興の願いを込めてスタートしたそう。今や毎年12、3万人の訪れる一大イベントも、街の人々のひたむきな努力と地元愛によって支えられてきたのです。
(西宮酒ぐらルネサンスと食フェア」は台風のため中止となりました)
男性に礼を告げ、白鹿の「灘の生一本」を購入してショップを後にする。教えてもらったおすすめスポットは次回気合いを入れてまわるとして、今回私がここを訪れた最初の目的。
そう、えべっさんに会いにいかなくちゃ。
優しい味にほっこり。「エビスヤ小松商店」
アプリのイラストマップを見ながら西宮の門前町を進んでいくと、黄色地に緑の文字で「ゑびす焼き」と書かれた印象的な看板を発見。あれ、でも店頭で焼かれているえびす焼はえべっさんのかたちをしていないけれど…。
「ああ、このお煎餅は別のお店のものですよ」
そう親切に教えてくれた「エビスヤ 小松商店」のおじさんを前に、お腹がぎゅるぎゅると大きな音で鳴り出す。とにもかくにもひとつ購入し、居心地の良さそうな店内に入ってさっそくひと口。うん、おいしい!
おじさんが淹れてくれた温かい緑茶を飲みながらテーブルのメニューを眺めると、妙にかき氷が充実している。実はこちら、えびす焼きはもちろん、はちみつをつかった特製の「みぞれ」やソフトクリームが有名な大人気店でした。※2
福は意外なところに。「果物と野菜のマンダリ」
店を出て再びアプリを頼りに歩き出す。すぐに目的のお店「マンダリ」の付近にたどり着いたものの、そこにあるのは青果店。おや、でも奥の方から何やら福耳の男性がこちらを見ている。もしやと思い近づいてみると…
あったー!
ようやく出会えました、「マンダリ」のご主人が焼く「えびす福お面煎餅」。思っていたより大きい!
「多くの人と一緒にお煎餅を割って食べていただくと、たくさん福が生まれるんですよ」
そう教えてくれたのは、えべっさんに負けず劣らぬ優しい笑顔の女性店員さん。聞けばこのお煎餅は西宮中央商店街の店主たちが共同で出資して作っているもので、一枚一枚鋳型を使って丁寧に焼かれ、使われる材料もすべて国産というこだわりの逸品。利益度外視でみんなに幸せになってもらいたいと願う商店街の人々の思いの詰まった、見た目通りのありがたいお煎餅なのでした。
西宮では「まちたびにしのみや」と称し、この「えびす福お面煎餅」がおみやげで付いてくる“旨いもんつまみ食い”ツアーをはじめ、日本酒の飲み比べや大阪城再築の際に割り出された石材(通称、ざんねん石)をめぐるツアーなど、なんと100種類以上のプログラムが用意されています。
すでに定員いっぱいのものもあるようですが、気になる方は以下をチェックしてみてください。
「まちたびにしのみや」公式HP
https://machitabi.jp/
まち歩きを終えて…
西宮の人はシェア上手。多種多様なイラストマップに体験型プログラム、日本酒を楽しめるイベントもシーズンを通してさまざまなものがあります。彼らは観光客に対してとてもフレンドリー。まるでお煎餅を分け合うみたいに、街の“ええとこ”を惜しげもなくシェアし、幸福そうに笑うのです。
両手にぶら下げたおみやげを誰と分け合うか考えながら、私も来た時より幸せな気持ちになって家路についたのでした。
※1 灘の生一本は数量限定発売です。売り切れの際はご容赦ください。
※2 かき氷は夏季限定メニューです。